Tetsu Photography

鉄道とカメラの四方山話

第39回 15mmf3.5

 そのレンズは、通常形のレンズでは最大級でした。

 広角レンズ、魚眼レンズには6mmもあり、前を向いても後まで写るレンズがありましたが、魚眼を除くFマウントMF広角レンズでの最短焦点距離は、13mmf5.6となっています。しかしこれは、相当好きな人が持っている程度、オークションでも見かけず、手に入れにくい1本となっています。

 次いで短いのが、15mmf3.5で、これが今回の話題です。

 13ミリは見かけませんが、15ミリは時々出品され、私もそれで入手しました。外玉は焦点距離の割に小さく、一般にキノコ形になりそうな所、18mmf4と同じΦ90ミリのかぶせ式キャップでした。しかし胴は少々長く、相当の筐体となっています。フィルターは前面には着けられず。バヨネット式になっています。

 見える風景は、流石は超広角、圧倒的で、小さな檻に入れられた野獣を解放する力があります。そうも普段使うレンズではありませんが、無ければ見られない光景です。

 製造当時は十数万であったでしょうから、今のオークションでは値がこなれ、手が届く範囲になっています。万人受けのものではありませんが、分かる人には分かる一本です。でも、本当に好きな人しか、手に入れないでしょうが。

 それでは、次回をお楽しみに。

第38回 50mmf2

 それは、忘れ去られたレンズです。

 最近、オークションで、新たなレンズがやって来ました。そう、50mmf2です。明るさから分かるように、現行には無く、かなり昔のレンズです。逆に出ている数が少なく、選択肢はあまりありません。

 50mmf1.2が無かった時代、f1.4やf1.8が主流、そこにf2もラインナップに入っていました。しかし、f1.2が実現すると、だんだんと廃れ、いつのまにか無くなってしまいました。時期的には、NewNikkorまでが中心、Aiは少数、Ai-sでは無く、この辺りで製造中止となったようです。

 レンズを見ると、外観は普通のレンズと同じ大きさですが、レンズの玉は奥底深く、その気があれば、f1.8より薄いパンケーキレンズに改設計が可能な気がしますが、仮に設計しても商業的に成り立つはか不明で、増してAF化は不可能で、それで伝統が絶えてしまったようです。つまり、45mmf2.8がもっと売れていればAi-P化があったかも知れなかったのですが、AF化に抗っても時代の波は寄せており、それは不可能であったと思われます。しかも、小さなレンズは、所有欲を満たしません。その中でセールスを求めるのは不可能と思われます。

 しかし、引き延ばしレンズ50mmf2.8が、防犯カメラのレンズに丁度よく、生産中止直前に売れたとの話もあり、そういったメリットもあります。また、写真学校の教材のレンズは、技術の巧拙の出るレンズが好適で、その点でもこのレンズはアピールポイントがあるように思います。売れるレンズでは無いですが、「教習用」、どうでしょうか。

 それでは、次回をお楽しみに。

第37回 F80

 それは、今思うと中途半端なカメラでした。

 デジタル一眼が普及し、結果F6以外の全てのフィルム一眼を生産中止、各カメラ店は在庫処分を行いました。その時在庫があったのは、F100とF80でした。F100は所有し、2台目には値の張る一台であったことから、値段的にも見合い、それまで使用したことが無いF80D(データバック付き)を購入しました。

 一般にデータバックは、電池を入れないと動作しない代物ですが、F80Dはメインの電池を入れてあれば電源があり動作するという優れもので、しかもデータはフィルムの隅と、別にコマとコマの間に露出データを写し込める、高級機に是非欲しい機能を持ち、それはF100等には無く、羨ましいほどです。ただし、それはF100等と同じであればの話ですが。

 F80はエントリーフィルム一眼であったために、絞り及びシャッタースピードが、他のカメラのように1/3段刻みでは無く、1/2段でした。そのため、最初は「?」という数字が出て、少々戸惑うところがありました。確かに、もう少し前のカメラでは、絞りもシャッターも途中はなく、全部1段ずつであったのは事実ですが、それを勘案しても「エントリー機」の一言で片づかない問題だと思います。今のエントリーデジ一でも、おそらくそんなことはしないでしょうから、ちょっとその辺の設計は、今から考えると疑問ではあります。

 やはり、N社は、設計の脇が甘い、とよく言われます。そういった煮詰め方が不十分だからでしょう。それは、注意すべき点だと思います。

 現在、同機は乾燥庫の中で、次回の出番を待っていますが、オークションで手に入れたF100と、新品及びオークションで手に入れたF6があり、それで十分足りるため、使用見込みはありません。しかし、手放しても値段が付かないでしょうから、多分、このままでしょう。技術の記録、ということです。

 それでは、次回をお楽しみに。

第36回 F-801(N8008)

 これが、最初のカメラです。

 父の海外出張にかこつけて、買わせてしまったAF一眼レフ。父は、アメリカのカメラ店で、言葉も十分に通じず苦労しながら、日本と品番の違うカメラを買ってきました。それが、F-801対米輸出バージョン、N8008です。付属する英語の説明書には、形式読み替えの注意書きがいくつもあり、それで同じものだと確認したとのこと。なお、当時のM社は、全く品番が異なるため断念したと言っていました。

 そこで、C社と言っていれば、今頃は安泰だったのでしょうが、それを何故思いつかなかったのか、今でも分かりません。しかし、その結果、深いレンズ沼に入る始まりが出来ました。

 しかし、最初数年はレンズも1本、カメラの性能をどれだけも使いこなしていませんでした。プログラムオートに、シングルAF、しかも当時はAFセンサーがラインセンサー一つのみで、縦縞やノッペリには全くAFが通用せず、結果手動で合わせた記憶があります。当時は、コントラストAFなど、あるわけもありません。

 その後就職してから、24-50mm、80-200mmf2.8など、レンズは増えていきました。特に80-200mmf2.8は、スポーツ用に手に入れたもので、カメラ屋が多数在庫を抱え処分価格であったので買いました。しかし、十分に使いこなさないまま手放しました。

 このまま心中するつもりでしたが、その後のカメラが気になり、F90を、と思ったところでF100を薦められ、苦心して買った、そんな感じです。カッコも、1つから5つに増え、何といってもクロスセンサーがあり、AF精度が劇的に向上しました。

 そうすれば、もう顧みることもありません、新型機ばっかり使うようになり、永く忘れられるカメラとなっています。

 修理にサービスセンターに持っていったとき、社員が迷わず「F~」と書いてから、慌てて修正していました。まだD1も無い時代、本能的なものでしょう。

 最近電池を入れていないので、動作するか分かりませんが、多分大丈夫でしょう。今日も乾燥庫の片隅に陣取って、いつか出番が来る日を待っています。

 それでは、次回をお楽しみに。

第35回 D100

 それは、初めて普通の人でも持てるデジタル一眼でした。

 「買取価格6,000円」これが、このカメラの、今の評価額です。現在の最新のカメラからは見劣りし、技術的にもその程度の評価なのは仕方ありません。しかしこれは、持っている人がほとんどいませんので、中古で出たら、欲しい人は即買いでしょう。頻度的にも、ほとんど無いものです。

 一般のN社ユーザーなら、デジ一はD70が最初でしょう。恐らくほとんどのユーザーが手にしたこのカメラ、一般に普及する始まりでした。つまりそれまでは、デジ一は一部のユーザーのみが持つ、特権的なカメラでした。D70がデビューするまでの2年間は、優越感に浸っていました。

 市販価格は約25万、ちょっとカメラに注ぎ込んでも良い人なら何とか買える程度の金額、普及価格ではありません。しかし、それ以前のデジ一、例えばD1などは、市販価格が50万で、およそ写真を業とする人以外には買えない代物で、それを思えばまだまだ手が届きそうな一台に仕上がっていました。ターゲットはD1のサブ、およびハイアマチュアで、D1はIEEE1394接続でしたが、D100はUSBになり、現在のデジ一とほぼ同じ仕様に出来上がっています。D1を中古で買うときは、接続には注意が必要です。

 持っていれば自慢出来る一台でしたが、しかし撮像素子がAPS-Cサイズで、これに適合するレンズは、苦心が必要でした。いわゆるDXNikkorは、D70以降からラインナップができ始め、それまでは無かったことから、特に広角側は困難を極めました。そこで、18-35mmを使ったりしたわけで、専用レンズを使用出来たD70は、幸運です。

 D70デビューで購入し、D100は宝刀ですので乾燥庫入り、その後顧みることは殆どありませんでしたが、以降のデジ一は大半を処分した中、D100だけは現在も手元にあります。リセールバリューが無いのも事実ですが、その時代から持っていた記念でもあり、譲る気はしません。やはり、記念すべき一台ですから。

 それでは、次回をお楽しみに。

第34回 F100

 それは、今でも私の主力です。

 初めてのカメラ、F-801から、次のカメラを検討中、F90シリーズを物色していました。そこで、カメラ店で、相談をしてみました。

 その答えは、こうでした。「F100の方が、良いよ。」

 「F5ジュニア」というキャッチコピーでデビューした、F100。中級AFフィルムカメラの代表格、F5の縦グリップを取り除いたようなサイズで、まさに「ジュニア」、確かにF90と比べても進化したモデルです。しかし当然値段も高く、あの当時に20万前後したのか。F4ベースで、モデル末期であったF90と比べれば、高いのは当然です。しかし、それが正解であったことが、後に証明されました。

 CPU連動しない機械式のレンズにも対応し、露出計連動レバーも装備しますが、非Aiには対応せず、可倒式改造も出来ず、旧来のレンズは使えません。もしそれを望むなら、やはり一桁機を使うしかありません。

 購入から20年、予備機を目論んだオークションでの購入は4台を数え、1台は不正改造のババでしたが、以外は完動品で、現在も現役です。露出計等半導体も駄目になっておらず、いまでもほぼ正確な露出となっています。

 オークションを見ても、F90シリーズはあまり見かけませんが、F100は散見され、今でも代替機は手に入ります。今思っても、やはり正解であったのだと思います。

 ただ、現在はスクリーン等の製造は中止となり、新製部品を手に入れるのは不可能となりました。やはり、新製部品を望むのならば、もうF6しかありません。

 しかし、それを勘案しても、今でも使えるのは強みです。コレクションには不向きですが、現在も使うことを考えれば、やはりまたとない一台でしょう。

 それでは、次回をお楽しみに。

第33回 35-70mmf3.5-5.6

 これが、最初の1本でした。

 父のアメリカ長期出張の時に、買ってこなければ帰国罷り成らぬと、半ば脅して買わせてしまった、F-801(対米輸出バージョンで、正確には機番が違います)。カメラにお金を注ぎ込ませてしまったので、レンズはしょぼい2倍ズーム、35-70ミリとなってしまいました。なお、その前には、広角コンバーターが着いており、父はカメラのことが分からなかったようです。

 ただその時に、C社を買うよう言っておけば、そのまま安泰でしたが、それを思いつかず「NかM」と言ってしまい、結果N社になりました。もし、その時M社であったならば、多分今頃はS社乗り換えも無く、写真を止めていたでしょう。

 以降、永くその1本のみで、別のレンズを買うことも無く、一眼レフの特徴を使いこなすことも無く、続いていました。正直、プラスチックでレンズを造るM社の方がレンズは安く、高級硝材をふんだんに使用して造ったN社のレンズは高く、父を恨んでいましたが、長い目で見れば、正解でした。

 本当に平凡な1本で、「ズームが出来ます」レベルのものでした。しかし、それまでMFズームレンズの主流であった、一挙動で持ちかえず操作出来る押し引きでズームするレンズでは無く、ズームリングとピントリングが独立した、以降のAFズームの基本となる設計のレンズでした。今思うと、そういう偉大なレンズであったのだと、改めて感じます。

 後に、FM10を購入、こちらは信号式露出計のみのフルマニュアルですが、それに付属するキットレンズは、これのMF版、富士山も無いMFレンズです。50mmf2でも良い気はしますが、現在生産が無く、ズームも出来る初心者用MFカメラとなっています。

 その後、レンズが増え、保存法も進歩し、機材整理もしましたが、今でもその1本は保存されています。やはり、原点だからでしょう。今後とも、持っていたい1本です。

 それでは、次回をお楽しみに。